Toggle

サイト閉鎖のお知らせ

諸般の事情により、2021年5月末日をもちまして「チャンスクリエーター」を閉鎖させていただきます。
これまでのご愛顧に対しまして、スタッフ一同、深く感謝するとともに心より御礼申しあげます。

長らくのご愛顧誠にありがとうございました。

死は終わりではない。抱きしめて看取り、始まる新しい命。-一般社団法人日本看取り士会 代表 柴田久美子さん

死は終わりではない。抱きしめて看取り、始まる新しい命。-一般社団法人日本看取り士会 代表 柴田久美子さん
Pocket

「最期は自宅で迎えたい。」このような希望を持つ人が増えてきて久しい。ただ、その希望をかなえる環境が十分に整備されているとは言い難い状況だ。現に8割の人は自宅での最期を望んでいるものの、実際に自宅で息を引き取る方は13.6%だと言う。この差を埋めるため、「看取り」に関わる専門家を養成するカリキュラムを提供し、全国で看取りを行う団体がある。一般社団法人日本看取り士会だ。岡山の施設で養成講座を受け、「看取り士」となった人は現在、全国に36名いる。この団体の代表を務め、自ら看取り士として活動する柴田久美子さんは「臨終」の本来の意味は終わりではなく、家族や友人へ命が引き継がれる時間の始まりだと言う。余命宣告から納棺までの時間に寄り添う看取り士。柴田さんの根底にある死生観から派生する看取り士の活動、そして実現させたい未来を聞かせてもらった。

 

一般社団法人日本看取り士会 代表/柴田久美子さん

一般社団法人日本看取り士会 代表/柴田久美子さん

悲しみと感動が入り混じった父の死。

―柴田さんは飲食店勤務をされていたようですが、「看取り」というまったく異なる世界に進んだきっかけをまず教えて下さい。

私が看取りの世界に入ってからもう20年が経ちます。人の死に触れた原体験は小学校6年生の時、父が自宅で亡くなったことです。父は胃がんで余命3ヵ月と宣告されていました。私は末っ子ということもあり、父が余命わずかということを知らされていませんでしたので、父の部屋にいる金魚の世話をするのが嬉しくて部屋に入り浸っていたことを覚えています。ある日、学校から帰ると玄関先にたくさんの靴が並べられ、父の部屋には大勢の人が集まっていました。今際の際の父は訪れた人たちに順番にお礼を述べ、最後に私の手を握って「ありがとう、くんちゃん」と言って息を引き取りました。そのまま手を離すとすべてが終わってしまう気がして離せずにいると、段々と硬直して自分では離せなくなってしまいました。母が「もういいでしょ?」と指を1本ずつ離してくれましたが、とにかく悲しい別れでした。同時に、人が死ぬことはとても感動的なんだと衝撃を受けたことも事実です。

就職して忙しく働いていた頃、父の死の感動を思い出し、「感動的な死を支える仕事がしたい」と介護の道に進む決心をしました。看護ではなく介護の道を選んだのは、「暮らしの中で死を支えられる」と考えたから。しかし、特養や老健といった施設で働いても感動的な死はどこにもありませんでした。今でこそ看取りを行う施設も増えていますが、当時は急変したら病院に送られる時代。結局最期は医療機関で亡くなるということがほとんどでした。

そこで、考えたのは「医療のない所に行けば感動的な死に出会えるのではないか」ということ。私が取った行動は病院のない離島に渡ることでした。

 

―離島では感動的な死に出会えたのでしょうか?

その島では看取る家族や身寄りのない人は本土の病院に送られます。しかし、島で最期を迎えたいという人はたくさんいました。そういう人たちを対象にした看取りの家を始めたのがスタートです。しかし、最初の半年の入居者はゼロ。「看取り」という言葉や「人が死ぬ」ということは忌み嫌われるものであり、島の人たちの懸念は想像以上に大きいものでした。また、私は宗教家ではありませんが、看取りには、魂という目に見えない世界、スピリチュアルな側面が表裏一体として存在しています。そのようなことを語ると宗教法人と勘違いして「出ていけ!」と住民の方とトラブルになることもありました。入居者はいなくてもスタッフはいるので給与は出ていく。最初の半年は辛かったですね。

 

人のぬくもりの中で最期の呼吸をしてもらう。

―その後、入居された方の初めての看取りをされたのですか?

そうですね。結果的にその島で何十人もの方を看取り、自分の看取りに確信を持てるようになってから本土に出ました。初めてその島で看取った方のことは強く印象に残っています。その方は喘息と脳梗塞の後遺症のある男性でした。奥様も介護ができる状態ではなく、私のところへやってきました。私が行う看取りが他の看取りと違うことは、自然死での最期、その方を抱きしめるということです。人は生まれてきたときに誰しも抱いてもらいます。それと同じで、最期の1分でも抱いてもらうということはとても幸せなことだと思います。抱いて送るということはごく普通なことなのです。その方にも3・4時間かけて皆でお別れをしました。抱いている途中、吐血もありましたが血の色がわからないようにシーツも紺色にしていました。人間には体と心と魂があります。亡くなったら体は冷たくなりますが、看取りをきちんと行うことで、その人の心と魂は私たちに受け継がれていきます。死んだらプロが主体となって体を清拭し、葬儀などの儀式を行うだけ、で終わらせてしまうと、家族の喪失感はとても大きなものになってしまいます。だからこそ、その前段階、余命を知ったときから納棺までの間のプロセスは、家族や親族、親しい友人に関わってほしい大切な時間です。

 

―ご家族の看取りの場合、看取り士の役割はどのようなものですか?

家庭でこのような看取りが行われるようになれば一番良いのですが、ほとんどの方は看取りの経験などありません。死にゆく人に触れることもなかなかできず、遠巻きに眺めるだけになってしまいます。そこに看取り士が介在することで、どのように触れ、抱くか示し、声を掛けることで、一緒に手を添えることができます。私たちは自宅だけでなく要望があればホスピスにも出向きます。自分たちで看取りたいという家族の想いの裏側には「できるのか」という不安もありますので、希望に寄り添うことが看取り士の役割と言えます。

今、看取り士は全国にいますが、旅立ちのタイミングが重なると、看取りの依頼も集中することがあります。不思議なことに医療が介在しない自然死には潮の満ち引きが関係しますので夜になることが圧倒的に多いのです。人目につかない時刻に旅立つのですね。ただ、どうしても自分が起きている時間に看取りたいというご家族もいますので、そういう場合はご本人にそう伝えてください、とお願いしています。だから、無理に夜中じゅう起きている必要もありませんし、急に亡くなってもバタバタする必要もありません。

 

プラスの死生学を伝えたい。

―看取り士になるための養成講座では具体的にどのようなことを学ぶのでしょうか?

養成講座では2週間かけて心理的なことのほかに、どのように振る舞うかという行動についても学びます。たとえば、旅立ちを前にした人にはとてもゆっくりとした時間が流れています。そこに私たちの時間軸を持ち込まないこと。これはとても重要なことです。看取りに必要なことは当事者意識に立てることです。言葉を介さずとも本心に触れ、それを理解し、周りの家族に伝えられるようになることが重要です。

この他にも全国各地で年間80回ほど講演会を行っています。印象に残っているのはある大学で死生学の講義を行った時の学生たちの反応です。彼ら・彼女らの多くのは、これまで「死んだら終わり」というマイナスの死生学しか教えられていませんでした。しかし、私が伝えるのはプラスの死生学。命の受け渡しをしてその魂がまた生き続けるというものです。たしかに、体だけに捉われると死はマイナスです。しかし、私たちのもっと根源にあるものに注目しないともったいないということは、学生たちに新鮮な驚きを与えているようです。

 

―看取り士の他にエンゼルチームというボランティア組織もあるとのことですが、どのような活動をしているのでしょうか?

エンゼルチームは完全無償のボランティアで、全国の地域の人たちで構成されています。医師や看護師などの医療職者の方もいれば、資格を持たない方もいます。エンゼルチームにお願いしていることは「見守り」です。看取り士は介助をしますが、エンゼルチームは介助をしません。ただ、私が考える死生観についてはエンゼルチームの皆さんにも伝えています。最初は寄り添うことに恐怖を感じる人が多いのですが、安心を感じるようになると怖さがなくなります。怖いという感情は、目の前の人が死ぬことに対してではなく、いつか自分も死ぬということに対して抱く感情です。だからこそ、亡くなる時に自分もこうして送ってもらえるということがわかると、恐怖が安心感に変わるのです。人の死を恐れなくなると、自分の死も怖くなくなります。

 

大事な一人として生まれ、大事な一人として死んでいける国を。

―柴田さんが、終末期に関する現在の状況の中で一番の課題に感じていることは何でしょうか。

亡くなる本人の自己決定の尊重が実現しにくいということです。本人がいくら自宅で最期を迎えたいと考えても、本人ではなく、家族が「どこで看取りたいか」に主眼が置かれているケースが多いのではないでしょうか。いくら本人が「救急車を呼ばないで」と言っても、その通りにする家族は多くはないでしょう。「自宅で死ぬことは難しい」と考えている人がとても多いように思いますが、決してそんなことはありません。また、本人の意思に沿えなかったら、それはそれで家族の中に大きなしこりとして残ることもあります。

2025年問題などが叫ばれていますが、それはすなわち、病院では死ねない時代が目前に迫っているということです。47万人の死に場所がなくなると言われています。だからこそ、「孤独死」という状況を避けなくてはなりません。私は孤独死した腐乱死体を見たことがありますが、その方を抱くことはできませんでした。誰にもこのような最期は迎えてほしくない。私が看取り士やエンゼルチームを作ったのは、このような方を出したくないという想いからです。

看取り士に特別な資格は必要ありません。想いさえあれば経験の中で蓄積していくことが十分可能です。中には看護師長まで務めて病院を辞めて看取り士になった方もいますし、看取り士になってからヘルパーや看護師の資格を取った方もいます。自分に何が必要か、それは看取り士になってから必然的にわかることでもあります。

皆が大事な一人として生まれてきた命を持っています。だからこそ、大事な一人として死んでいかなくてはなりません。本当に豊かな国なのであれば、十分に実現できることだと私は信じています。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【プロフィール】

柴田久美子(しばた・くみこ)/一般社団法人日本看取り士会 代表、一般社団法人なごみの里 代表

日本マクドナルド株式会社勤務を経てスパゲティー店を自営。平成5年より福岡の特別養護老人ホームの寮母を振り出しに、平成14年に600人の離島にてお年寄り看取りの家「なごみの里」を設立。本人の望む自然死で抱きしめて看取る実践を重ねる。平成22年に活動の拠点を本土に移し、現在は岡山県岡山市で在宅支援活動中。新たな終末期介護のモデルを作ろうとしている。また、全国各地に「死の文化」を伝えるために死を語る啓発活動を行っている。一般社団法人日本看取り士会会長・介護支援専門員・吉備国際大学短期大学部非常勤講師・神戸看護専門学校非常勤講師・日総研セミナー講師。日総研『臨床老年看護』連載中。

●一般社団法人日本看取り士会
http://mitorishi.com/

●一般社団法人なごみの里
http://nagominosato.org/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【主な著書】

『いのちの革命~恐怖を超え、死の扉を開く~』柴田久美子・舩井勝仁共著(きれい・ねっと)

http://kilei.ocnk.net/product/215

 

『看取り士』(コスモ21)
『ありがとうおばあちゃん』(文芸社)

 

●記事の内容は取材当時の内容であり、現状は異なる可能性がございますので予めご了承ください。

7987
Return Top