
チャイルド・ライフ・スペシャリスト(以下、CLS)という職業をご存じだろうか?
医療を受ける環境にある子どもやその家族が、病気や自分が受ける医療をきちんと理解し受け入れていく支援をする職業だ。日本でCLSを導入している病院は26施設、活動しているCLSは31名。CLSの雇用にあたっての費用を負担できる病院はそう多くはない。
大橋恵さんは、CLSの本家である北米に留学してその資格を得た先駆けだ。自身が子供の時に入院した経験から一貫して小児科看護師を目指し、実現させた。その後、転職し、現在はCLSとして活動している。今回は、CLSとは何か、そして日本でも広げていく活動を行う大橋さんにお話を伺った。
看護師としてのスキルと、患者への思い。両立の難しさという壁。
―大橋さんの看護師としての経歴を教えて下さい。
学校を卒業して小児病院に就職しました。それから6年弱、小児科看護師として働きました。その後留学してCLSの資格を取得し帰国。CLSとしては5年ほど病院で働きました。CLSの資格を取ろうと考えたのは、実は壁にぶつかったからなのです。
私はもともと、病気や障がいを持った子供であっても、その子らしい人生を送ってほしいという思いから看護師になりました。だから、看護師として働き始めて3年ほど経ち、後輩に指導する立場になったときも、看護技術だけではなく、患者さんにどのように接したら良いのか、そういうことも一緒に伝えたいと考えていました。ちょうどその時、勤務中の病棟も変わり環境の変化も重なった時期でもあったのですが、同じくらいの経歴の看護師から「患者さんと話す時間も大事だけど、看護師としての仕事ができていないのにその時間を確保するのは、患者さんにとっても良くないのではないか。」ということを指摘されてしまったのです。全くその通りです。ただ、適切な看護を提供しながら、それだけではない患者さんの支援も両立させるのはできないんだ、と大きな挫折感を感じたことは事実でした。
もう一つ、印象に残っている出来事があります。当時、思春期病棟に勤務していたのですが、思春期なので私が声をかけてもあまり話してくれないという患者さんがいました。彼がより良い時間を過ごせるようにと、院内学級の先生たちと様々なサポートを工夫しました。私たちはそのことに十分な満足感を覚えていたのですが、当の本人はどうだったのか、わかりませんでした。彼が亡くなった時に親御さんは「この病棟で過ごせてよかった。本人もそう思っていると思います。」とおっしゃってくださったのですが、同時に子供にとっての病院環境はこれでいいのか、医療者としての限界を感じるようにもなり悶々とした日々を送っていました。
自分が理想とする看護を提供できないことの難しさ、それと同時に、それでも理想とする看護は必要とされているのではないかという確信。ぶつかった壁は思いのほか厚く、高いものでした。
そんな時に講演会で知ったのがCLSという職業です。この職業は子どもの立場に立って考えることを推奨している。この資格を取得すれば、自分がなりたかった看護師に近づけるのではないかと考え、すぐに留学を決めました。
―この資格はアメリカでしか取得できないと聞いています。アメリカでこのような職業が誕生した背景にはどのような状況があったのでしょうか?
当時はCLSという名前ではありませんでしたが、このような活動が始まったのは1900年代です。当時の病院は周りが白壁で囲まれ、親との面会時間にも制限がありました。そんな環境で入院生活を送っていた子供たちの中には入院中の環境や生活がトラウマになる子もいました。退院後の子供たちは精神的に不健康な状態にあるということが分かり、心理学者たちが、このままではいけないと研究を重ね、入院中の遊びや、自分の体に今どんなことが起こっているのかを勉強する機会をつくろう、と始まった活動がCLSの始まりです。
現在、北米では面会時間の制限がほとんどありませんし、きょうだいやセラピードッグも普通に病室に入ってきます。毎日のように院内で楽しいイベントも催されています。
子供の年齢に応じた理解を支援する仕事。
―具体的に、病院内でCLSはどのような役割を担うのでしょうか?
私が優先順位をつけて取り組んだのは3つです。
1.きょうだい支援
2.精神的・身体的に困難で危機的状況にある子供が、自分の対処能力を発揮できるような支援
3.子供と家族が医療者と同じ土台に立って治療について考えていく支援
アメリカでは、CLS一人に対して15人の子供を受け持つということが奨励されています。一つの病院に80名ほどCLSが勤務しているところもあります。ただ、日本ではまだまだ数が少ないので、すべての患者さんに関わることはできません。これまで、病院ではできなかったことに絞って決めた優先順位です。
具体的には医療行為以外の部分を担います。たとえば、昨日入院してきて今日手術を行うという患者がいた場合、その子が手術に対してどれくらい準備ができているのかを把握することから始めます。親御さんに「手術についてどのように伝えたか」、患者である子供には「なぜ病院に来たのか」を聞くことから始めます。本当のことを伝えていないケースや、「何もないよ」「ちょっと先生にお腹を見てもらうだけだよ」と伝えられているケースもあります。そこで、まず子供の年齢や発達段階に応じた話をすることが重要だということを親御さんに伝えます。たとえば、3歳であれば大体の話を理解することができますが、本当のことを話さないことで、生じた結果が違うものであれば不信感を持ちます。
そうしたことを伝えると、実は親御さん自身、どのように話したらいいのかわからない、また正直に話すことで子供を不安にさせたくないという思いをお持ちであることがわかります。子供は事実を知ることで、当然不安になります。ですから、子供に話したら、次はこれから受ける医療について理解するサポートを行います。その不安をどうしたら和らげることができるのか、それを子供と一緒に考えていく。病院の中で安心して過ごせるようにサポートしていきます。
最近は「話すことは重要」という考えが浸透してきています。しかしながら、子供に伝えることを拒否する親御さんはいらっしゃいます。そんな時はなぜ話すことが良いのか、話すことのメリットと話さないことのデメリットをお伝えし、子どもの発達段階によっては、言葉だけでなく、手術室の見学や人形を使って理解を深めるかかわりを行っていることを紹介します。
―手術を受ける子供だけでなく、親御さんにも前向きな解決策となることが多いのでしょうか。
大切なお子さんが病気になるということは親御さんにとっても辛く、大きなストレスがかかることです。中には元々、親子関係が上手くいっていない状況で入院してくる子供もいます。関係が上手くいっていないところにさらなるストレスがかかると、今度はお互いに傷つけ合うということがあります。「あなたが病気になったのは悪いことをしたからよ」とか、痛みに耐えられなくて抵抗しているのに「そんなに嫌がったらたくさん注射うってもらうよ」と言う親御さんもいました。根底には子どもへの愛情はあるのですが、子どもの持っている力を信用できておらず、じっくり話を聞いてみると、これまでの親子関係のこと、残っている他のきょうだいのことが気がかりで親も悩んでいるということもあります。親御さんの悩みには他職種と連携して対応し、子どもに対してはこれから受ける検査や医療行為について一つ一つ嘘なく伝えると、子供は主体的に検査に参加するようになります。その頑張りは親御さんも驚くほど。「すごいね!」と自分の子供に声をかけたことがきっかけで、徐々に子供にも自尊心が芽生え、退院する頃には周囲も驚くほど親子関係が良好になっていたというケースもありました。
入院生活や治療は本人も家族も辛いものですが、それを乗り越えることで得るものはとても大きいと感じています。また、医療現場はあくまでも「医療」を行う場ですので、医療従事者が親子関係にまで踏み込むことには更なる精神力が必要で、実際にはケアすることは難しいことがあるのです。そういう時に、CLSという医療以外の役割を担う職種が存在することで軽減される負担には大きいものがあります。
子供たちの声を発信していきたい。
―今後、日本でも導入する病院が増えるような働きかけを行っていくのでしょうか?
小児がんの拠点病院がいくつか指定され、子供の心理士やCLSを雇用することが奨励され始めましたので、少しずつですが導入病院も増えてきています。とはいえ、保育士のように加算の対象となる職業ではありませんので、すぐに広がるわけではないと思います。資格も北米に行かなくては取得できません。ただ、学びたい人はたくさんいます。中には現役の看護師だけでなく中学生や高校生からの問い合わせもあります。
まずは既にCLSとして活動している自分たちがスキルアップしていくこと。勉強会も開催していますが、まだまだ体制としては不十分です。またCLSは一つの病院に多くても二人、ほとんどが一人で勤務していますので、CLS自身が悩みを相談できる場が多くはありません。今後はスーパーバイザー制度を整備するということも現場のCLSをサポートする意味では必要になると思います。
もう一つは、研究結果として情報を発信していくこと。CLSという職種が病院に入ることで、患者である子供たちや病院にどのようなメリットがあるのか、それをきちんとした研究結果として出していくことが重要だと思っています。子供がどんな訴えを持っているのか、それに対してCLSの関わりがどんなメリットをもたらすのか。効果が認められて、その重要さが認識されて初めて広がっていくものだと思っています。
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●大橋恵(おおはし・めぐみ)/チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会 会長
平成11年 日本赤十字看護大学 卒業
平成11年~平成16年 国立小児病院・国立成育医療研究センターにて看護師として勤務
平成16年~平成19年 米国カリフォルニア州、ミルズ大学大学院教育学部チャイルド・ライフ・スペシャリスト修士課程
平成19年~平成25年 国立成育医療研究センターにてチャイルド・ライフ・スペシャリストとして勤務
平成23年~現在 チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会 会長(2期目)
●チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会 http://childlifespecialist.jp/
チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会では、留学相談会も開催しております。お気軽にご参加ください。
【概要】
日時:2014年8月2日(土)
場所:都内病院
申し込み方法:事前申し込みが必要です。info@childlifespecialist.jpにお問い合わせください(携帯メール不可)。
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●記事の内容は取材当時の内容であり、現状は異なる可能性がございますので予めご了承ください。
前略、当方、グリーフケア(或いはグリーフワーク)死別による喪失の心のケアをする場がないかと考えているものです。死別後のみならずその過程をも考えるとターミナルケアや緩和ケアも関連してくるのではと考えています。
患者さんだけでなくご家族や周囲の人々の心理的ケアだけでなく生活の支援を考え精神保健福祉士を捕りました。しかし精神保健福祉士は統合失調症や高次脳機能障害等の支援が多く、喪失によるうつ病や心理的不安の支援の場にたどりつけずにいます。朝日新聞でCLSのことを知り、この成人版がないものかお尋ねしたくメールさせて頂きました。
現在は患者さんとご家族の近くにいてその声を聞けるのではないかとの自身の考えから病院の看護助手をしていますが、自分の目指すものとは遠いところにいます。
上智大学のグリーフケア研究所でグリーフに関する養成をしていることは存じていますが、自分は死後たけでなくそこに至るまでをも考えているのです。(前述との重複失礼致します)
勝手をいいまして申し訳ありませんが、ご意見頂戴致したく、お忙しいところ大変恐縮ですが、よろしくお願い致します。
石井利枝 拝